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翻訳こぼれ話(3)

翻訳こぼれ話(3)契約書

 


度は契約書の中でも少しばかり特殊な会社設立契約書のことについてお話ししましょう。会社設立契約書、Memorandum of Association、は、一般に「基本定款」と訳されています。それに対し、Articles of Association は「通常定款」とされています。基本定款には、Articles of Incorporation、 あるいは組合などの場合では、Articles of Partnership とされているものもあり、同時に通常定款あるいは内規としてのBylawsによってさらに詳しい規定が定められていることもあります。まとめてMemorandum and Articles of Association of AAA Companyとされる場合もあります。

 ここでもまたリーガルな面では私には何も語る資格がありませんので、どうぞ単なる茶飲み話としてお読み捨てください。

 さて、好況のころは米国をはじめとして香港、シンガポール、オーストラリア、マレーシア、等々といった国々に新しく会社を設立する動きが多く見られました。その結果、会社設立契約書の翻訳のお仕事なども数多くいただくことになりました。

 

 
 一般に日本の通常の会社の定款というのは、かなりの大企業であってもその内容は事業場所、事業目的、そして理念とか従業員の構成等を簡単に記したものが多いように思われます。しかし、海外法人の場合、その定款の内容は他の契約書と同様、非常に具体的に示されます。とくに会社の運営にかかわる権限についての規定は厳密で、出資者の権利その他、役員の権限や義務がこと細かく明記されます。株式の発行はなんといっても株式会社の根幹を成すものですから、その規定が厳密であることはある程度想像がつくでしょうが、その一方、会社の業務運営の決定手段である取締役会というのも定款の最も重要な部分となっているのです。

 そこではまず定足数が定められます。議長の選出、それから議決方法について過半数、あるいは3分の2、キャスチングボート等等、細かな取り決めがあります。もし議決を委任する場合には委任状についても厳密な書式と規定が適用されます。所定の様式で、だれそれ宛に、何時間前までに、直接手渡す、あるいは書留で郵送する、などといった事柄で、このあたりは法的専門家の方々にとってはどうということもない当たり前の手順にすぎないのでしょうが、素人にとってはこんなことまで定款に定めるのかと思ってしまいますね。

 

 


 某企業の定款で、とくに「ほう」と思ったのは遅刻に関する記述で、これが驚くほど細かい規定になっているのです。たとえば取締役会になんの連絡もなしに15分以上遅刻した場合にはその取締役は議決権を失う、というのがありました。このようなエグゼクティブが携帯電話をお持ちでなかったとは考えにくいのですが、なにしろこれは20年以上も前の話ですから、お持ちでなかった可能性も十分あります。遅刻は誰でも嫌ですが、それでも多忙なエグゼクティブなら時には15分ぐらいの遅刻はせざるをえない状況だってあるのではないでしょうか。いくら秘書がいたとしても、そのときたまたまなにか不測の事態が発生したということだって十分考えられます。交渉が思いがけなく長引き、それでもあと一押し、その一押しで商談がまとまりそうだ、なんてときにはどうなさいます?

 しかし定款ではこのあとにはさらにまた、30分以上の遅刻はたとえ連絡があったとしても認められない、と続くのです。

 これはひょっとして遅刻の常習犯のような取締役がおられて、それに業を煮やした他の取締役の方々が、「絶対にこの項目を入れないとだめだ」と強く主張なさったのかもしれません。あるいはまたビジネスの厳しさがそのまま反映されているのかもしれません。いずれにしろ定款というものがかなり実際的な企業運営に関わったものであることがよくわかります。

 


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